砂手紙のなりゆきブログ

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情念引力(咲-Saki-)

 シャルル・フーリエというフランスの哲学者がいます。フーリエ変換とかで有名なほうは、(ジャン・バティスト・)ジョゼフ・フーリエですが、シャルル・フーリエマルクスに「空想的社会主義者」と罵られたほうです。今となってはフーリエの思想は誰もくわしいことは日本人では知らない(知っていても「マルクスに批判された人」という程度の認識)と思うんですが、これがなかなかすばらしく、『ガリヴァー旅行記』のどこかの国の人ですか? と聞きたくなるぐらいトンデモだったので紹介しておきます。
 ウィキペディアでは『四運動の理論』を中心にまとまっていますが、それから二十年後に刊行された『産業的協同社会的新世界』の第一部、「情念引力の分析」に書いてあるらしいことを書きます。ネタ元は中公新書『フランス的思考』(石井洋二郎)です。
 フーリエは「情念」を基本情念として3つに分け、それを細分化して合計12の情念について語ります。
・第一基本情念(五種類):味覚、触覚、視覚、聴覚、臭覚
・第二基本情念(四種類):友情、野心、愛、父性
・第三基本情念(三種類):密謀情念、移り気情念、複合情念
 …なんか「第三基本情念」だけ日本語おかしくね? とおもいますよね。まぁ第一は分かりやすい。動物レベルでの人間の感覚(五感)で、それが満たされることで幸せになれる。うまいもの食って、触り心地のいいもの触って、楽しいもの見たりすれば幸せ。
 第二もまぁ分からなくはないですよね。それより上の、人としての感情。「集団および集団系列、愛情の絆」だそうです。第一が「感覚」だとすると、第二は「感情」ですね。
 第三がキモで、まぁフーリエの造語と世界観の象徴です。
 移り気情念(Papillonne)とは、人の気持ちとして毎日同じような単調な生活はつらいので、ほぼ2時間ごとに違うことするのはどうかな、という発想。それに基づき、彼の考えている理想協同体(ファランジュ)では、朝3時半に起きて夜10時に寝るまで、2時間以上の何かはしない。
 次が密謀情念(Cabaliste)。これは駆け引きの感情ですかね。「他者との関係を冷静な計算のもとに組み立てていく情念」だそうです。集団が集団として構成されるためには、ちょっとした緊張も必要なわけです。
 で、最後の複合情念(Composite)だけど、これが一番説明が難しい。密謀情念が「熟慮された激情」であるのに対し、複合情念は「盲目的激情」である、と石井洋二郎は説明していますが、言葉に出せないこの気持ち、「複数の快楽の結合」ということらしいです。
 フーリエの説が異端視されたのは、そういったすべての情念に肯定的で、なおかつその情念の結合に必然性がある(万有引力のように、人間には情念引力がある)という考えからで、それに基づき普遍的統一をはかることと、情念=愛なわけで、そうなると近親相姦を含む人類のタブーに対するアナーキーさに結びつくからなんでしょうかね。
 その手の「批判された人のテキストでしかその人の思想を知ることができない(難しい)存在」なんてのは、歴史の中ではいくらでもあるわけですが、まぁ18世紀の思想家の場合は、作家の場合と同じく「運」みたいなものがあるんじゃないかと思うんですね。
 20世紀のつまらないところは、マルクスフロイトによる世界観がすばらしすぎて、「それが搾取なんだよ」「それは性的要求不満」できっぱり世界が語れる時代が続きすぎたところです。世紀末になるとだいぶ面白くなるんですけどねぇ。
 エントリーのアニメは、今回の話とはあまり関係がありません。
 あっ、思い出した、『異国迷路のクロワーゼ』なんだけど、ウィキペディアの説明では、クロードの店があるのは「下町アーケード商店街」になってますが、オフィシャルサイトでは「商店街(パサージュ)」ですね。19世紀末にアーケード商店街なんてあってたまるか。あれは戦後日本の文化じゃないかと思う。でもまぁ、意味は通じるし、ちゃんと「ギャルリ・ド・ロア」の「ギャルリ」のところに「パサージュ」のリンクあるから問題ないかな。なお、パサージュという発想もシャルル・フーリエと関係あるみたいですが、これは今イチわからない。パサージュ論はウォルター・ベンヤミンですけどね…。
 今日はなんか書いてて松岡正剛さんみたいになりそうだったので、この芸風はやめます。