砂手紙のなりゆきブログ

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浅倉久志の翻訳の、たったひとつの冴えた漢字のつかいかた(変数人間)

 浅倉久志の翻訳でいつも感心してしまうのは、ここまで漢字にしなくても大丈夫なんだな、ということです。
 タイトルで代表的なのは、

たったひとつの冴えたやりかた』(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア

 ですかね。
 これ、普通に日本語使ってたら「たった一つの冴えたやり方」と、漢字3つは使いたくなる。でもひとつ。
 もうひとつ例をあげると(注:「一つ」ではなくて「ひとつ」)、

『つぎの岩につづく』(R・A・ラファティ

 これも絶対、「次の岩に続く」にしたくなる。でもしない。すばらしいです。
 だいたいSF業界の翻訳の人は、野田昌宏矢野徹を中心に、ひらがなを多めに使う人が気になる程度に目立つんですが、ここらへん、福島正実が翻訳の指導役で、福島氏が児童書とかと関係あったせいなのかな、とかちょっと思った。浅倉久志SFマガジン掲載の翻訳テキスト、はじめのころは福島正実の無慈悲な赤鉛筆の校正が、芯が折れるぐらいの勢いで入れられたそうであります(見てみたい)。
 最新の翻訳短編集(というのもちょっと変だけど)、『変数人間』(フィリップ・K・ディック)だとこんな感じです。「超能力世界」冒頭。

 その部屋にはいったときには、すでにおおぜいの人間が騒音ときらめく色彩を作りあげていた。とつぜんの不協和音に少年はとまどった。かたちと、音と、においと、斜めにゆがんだ三次元の斑点がどっと押しよせるのを意識して、そのむこうを見分けようと戸口で立ちどまった。

「かたちと、音と、におい」ですよ! あり得なくない?
 この短編集『変数人間』は、ほとんど浅倉久志の翻訳なんですが、1編だけ大森望の訳がはいってます。そこから引用。「猫と宇宙船」。

「トラブルですか?」メクノス人オペレーターが応じた。声はドライで冷たく、計算するようなモノトーンの響きが、いつもどこか蛇を連想させる。

 ちなみに、浅倉久志訳の「パーキー・パットの日々」冒頭はこうです。

 午前十時、耳なれてはいるが、けたたましいサイレンのひびきで、サム・リーガンは眠りを破られ、上界のケア・ボーイに毒づいた。

 ここから類推すると、「響き」は「ひびき」に統一したほうがいいと思いますが、そんなところまで校正者(編集者)は統一しようなんて思わない。