砂手紙のなりゆきブログ

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名探偵って嘘ついてもいいの?(「屋根裏の散歩者」)

(今回はタイトル作品のネタバレになっている部分もあるのでご留意ください)

 江戸川乱歩の短編「屋根裏の散歩者」は、雑誌「新青年」の1925年(大正14年)8月増刊号に掲載された作品で、下宿の屋根裏から密かに人の部屋を覗き見るのを趣味にしていた若者・郷田三郎が、同じ下宿でちょっと虫がすかない人間を、天井の節穴から毒薬を垂らして自殺に見せかけた殺人(快楽のための殺人)をする、という物語で、主人公の犯罪を主人公の視点から描き、最後に名探偵・明智小五郎がその犯罪の瑕瑾をあばく、という展開になっています。
 ただどうも個人的に納得いかないのは、「袖のボタン」が天井裏にあった、という明智小五郎のあからさまな嘘で(実は別ルートで似たようなものを入手している、という筋)、それを気がつかなかったと唖然とする郷田三郎に、明智小五郎は自首をすすめるんですが…こういうのどうなんでしょうね。
 最近の刑事・警察が出てくる物語では、少なくともアメリカのテレビドラマでは「虚偽(嘘)によって入手した自白は、強要によって入手した自白と同じく、裁判の証拠としない」ということになっているようです。つまり、刑事が「おまえの犯行現場にこれが落ちていた」って、偽の証拠を出して自白させても駄目なはずです。日米とか、アメリカだと州によって違いますかね。
 たとえば、刑事が容疑者の自宅に行って「そういえば、別の容疑者からこんなことを聞きましてね」なんて話すのはいろいろ駄目ですよね? 業務上知り得た秘密の秘匿違反だし、それが「嘘の話」だったらなおさら駄目だと思う。
 もしあなたが容疑者だったとしても、警察・刑事は別の容疑者の話を伝えたりしないし、するようだったら違法の可能性が高いので、「証拠となる音声データ」、もっと確実には「弁護士・第三者」を同席させるべきです。ミステリーの中でそんなことを話す刑事が出てきたら、読み手としては「これはニセ刑事だろう」と思って読んでもいいはず(佐野洋的解釈です)。
 ただ、物語の名探偵の場合は、そういうの特に問題ないです。だってそのほうが話面白いじゃないですか。
 だいたい、明智小五郎ってしょっちゅう嘘ついてますよね。

明智小五郎「ははは、まんまとひっかかったね、二十面相君、君の盗んだ「黄金の茶壺」は底に傷がないだろう。ぼくの持っている本物は、この通り傷がある! 盗まれても大丈夫なように、こっそり入れ替えておいたのだ」
二十面相「むむむ…こんな偽物などお前に返してやる!」
明智小五郎「またひっかかったね、実は君が盗んだのが本物で、こっそり専門家に頼んで底の修理をしてあったのだ」

 みたいなやりとり、なんか何度も見ているような気がします。
 ところで、「屋根裏の散歩者」なんですが、犯人が自首しても、もう事件は自殺ということで部屋も死体も片付けちゃったし、犯罪とする要件が自白だけで、新たな証拠物件が出てこなければ裁判所でも有罪にできないのでは、と検察側が判断しそうで、事件として扱われるかなぁ、なんて思いました。
 屋根裏を歩きまわった証拠が出てきても、それと殺人とを結びつけるのは困難そうです。
 もちろん覗きは軽犯罪だし、犯人の「心の中の罪の意識」は消えることはないとは思いますが。