砂手紙のなりゆきブログ

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落語『高い城の男』(古今亭志ん生)

 本日は、フィリップ・P・ディックによります、『高い城の男』を語ります。
 これはもともと、大変に長いお話でありまして、講釈師なら何日もかけてやる、アメリカのテレビドラマでも何回かにわけてやるような話でございます。
 第二次大戦で日本とドイツが戦争に勝ちまして、アメリカ合衆国は3つの国に分かれて統治されます。
 そんな時代、日本の占領下にありますサンフランシスコに、アメリカ美術工芸品商会という骨董商を商うロバート・チルダンという男がおりました。
 かれはもともとは普通の小間物屋でありましたが、ふと昔のアメリカの工芸品を店に置いてみたら、日本から来た軍人や商人などが、これは珍しい、と買いはじめたのをきっかけに骨董商になったもので、そんなに目の効くほうではございません。
 一方ここに、とある工場の親方と喧嘩して飛び出したフランク・フリンク、これは本名はフランク・フィンクというユダヤ人ですが、たいそう腕の立つ職人で、フレックスケーブル・マシンを使わせたら右に出る者はない、というような者でございます。
 わけあって女房とは離縁、とは申しませんが別居しておりまして、彼女、ジュリアナ・フリンクはこの話の後の段に重要な役で出てきます。
 新しく工房を開くにあたって、当座の資金に困ったフランクは、兄貴分のデザイナーであるマッカーシー、これがなかなかの切れ者で、その者の知恵を借りることにします。
 そんなこんなである日、チルダンの店に一人の男がやってきます。
男「許せよ」
チルダン「はい、何でございましょう」
男「あー、身共は空母翔鶴の指揮官である春沢提督の従僕である。殿がこのたび国元へ帰るにあたって、国元家老そのほかに遣わすアメリカの骨董を探しておるとのことでな。このような店を探しておった」
チルダン「ありがたく存じます。してどのようなものを」
男「殿はたいそう銃がお好きでな。南北戦争時代のものを望んでおられる」
チルダン「ははあ」
男「さしあたり十二挺だが、すぐにでもそろえられるか。小切手は一万ドル、前金で渡そう」
 と、その男、懐から小切手帳を取り出し、スラスラと書き始めます。
 思いがけない大商売に喜ぶチルダンですが、かれが見本の一挺の銃を見せると男の顔がサッと変わります。
男「…悪いがこの話はなかったことにしよう」
チルダン「と申しますと…?」
 男は小切手を引きちぎり、チルダンに怒鳴りつけます。
男「無礼者。1860年製コルト44口径とは真っ赤な偽り。この銃身のブルー・メタルのシアン加工は当時のものではない。長年商売をしていながら、そのようなことにも気がつかなかったのか」
 あまりのことに驚くチルダンに、
男「あー、詫びの金などはいらん。いやもちろん、他の者に私のほうから言うことはしない。ただ、このことはお上に報告せねばなるまいな。しかし、これは実によくできたまがい物だな」
 と、店を立ち去った男。
 チルダンは大学の研究所にちゃんとその品物を調べさせ、偽造品だと明らかになったので卸元から、なんとか元金だけは回収します。
 一方、マッカーシーの家では、
フランク「行ってきました、兄貴」
マッカーシー「どうだ、うまくいったろう。その間にどうだ、退職金二千ドル、この裏商売をバラされたくなかったら、と脅したら、親方すぐに出しやがった。これを元手に工作機械と材料が買えらあ」
フランク「しかしね、よくまあ兄貴も目をつけたもんだね。俺の作ってるまがいの骨董品売ってる店見つけてきて」
マッカーシー「待ってな、ひと月もしないうちにあの親父、商売に悩んで現代デザインの工芸品でも店に置こうかって気になるだろ。そこで俺たちの新製品を売りに回るんだ。しかし本当にうまいな、お前の偽物作りは。オリジナルデザイン作りに関してはまるっきりだが」
フランク「へえ、まったくその通りで。そりゃ、刀とかナイフは簡単なんですけど、ガンはちょっと手間がかかるんですよ。ごぼう、しいたけ、たけのこ、人参、それらを細かくきざんでですね、あとシソの実。これはあるときにはいいんですが、ないときになると塩漬けを使わないといけない。そのまま使うと塩辛くて仕方ないんで、水につけてふやかします。あんまりふやかしすぎると水っぽいだけになっちゃうんで…」
マッカーシー「ちょっと待て。それはガンモドキの製造法だろ…あ、それでいいのか」
 この後マッカーシーは現代アメリカ工芸品ということで、なんとも珍なものをチルダンに販売委託し、それに目をつけた梶浦という若旦那が、「これは『酢アメリカン』というけっこうなものである」と言って日本人の中で馬鹿に評判になって商売繁盛。
 『高い城の男』序でございます。