砂手紙のなりゆきブログ

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落語「船徳」の一場面における手塚治虫的演出とサイレント映画その他の演出

 落語「船徳」は、若旦那の徳兵衛が遊びが過ぎて勘当になったために、船頭になる修行をする話です。
 この中では、夏の暑い盛り、舟でも借りて四万六千日のお参りに行こうじゃないかと思ったふたりの男が、徳兵衛の舟に乗ってひどい目に会いますが、そのはじめに「舟を出そうとして、もやいが解いてないのに気づかないで力を入れる徳兵衛と、どうにもこうにも困る客」という場面があります。
 ここのところは、
1・「じゃあ舟を出しますから」と言う徳兵衛
2・心配そうに顔を見合わす客のふたり
3・力を入れる徳兵衛だが、どうにもこうにも舟が動かない
4・客が「だめだよお前さん、まだもやいが解いてないじゃないか」と教える
5・杭につないであるもやい(そしてそれを指差す客の指)
6・それに対する徳兵衛のリアクション(まいったなあ、とか、愕然とする、みたいなリアクション)
 の、6つの映像の組み合わせで作られると思います。
 この中の、2と3は何度か繰り返してもかまわない演出になります。
 最後の6の映像を入れるかどうかは難しい判断ですが、サイレント映画時代にはわかりやすさを優先して、入れる、という判断が多いように思われ、現在はそんなの入れるとくどくなるだけだから、というので省く、という判断になります。
 漫画なんかも、6のところを描くと少しヤボ&くどい演出になります。
 で、手塚治虫だったらどうやるか、ということを考えます。
 まず、大きく4段に割ったコマ割りで、1段めが横長の、舟を横から見た絵になります。そのコマで徳兵衛「じゃあ舟を出しますから」というセリフと、客の「大丈夫かねえ、この人」というセリフを入れます。
 次の2~3段めを6つのコマにして、舟を出そうとしている徳兵衛の顔の百面相を描きます。
 その6つ目のコマはヒョータンツギで、「このコマは間違いでゴンス」という、正式名称スパイダーというキャラが説明をします(手塚治虫はそういうくだらないギャグが大好きです)。
 さて、ここからが手塚治虫。4段目を大きく取りまして、右上隅に「船頭さん、そこそこ」という客とセリフを入れて、左下隅に愕然とする徳兵衛を入れます。一番大きいコマでは、客の指ともやいのアップ。
 でもって、次のページになって、動きはじめた舟に「もう大丈夫ですからお客さん」というセリフとコマが描かれる。
 黒澤明だったら、杭ともやいのアップのあと、ワイプを入れて(黒澤明の映画の何が楽しいかっていうと、このワイプ効果です)、スイスイと動いている舟の映像になります。
 手塚治虫技法は映画的ということになっているようですが、どうも私感としてはトーキー映画の初期(まだサイレント映画の演出を引きずっていたころ)のように感じてしまいます。
 6に関して入れる・入れないではなく「小さく入れる」という技法ですね。