砂手紙のなりゆきブログ

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舞台役者の朝顔による新人いじりについて(寝床)

 舞台の上にこう、いくつか鉢の朝顔が置いてあります。
 でもって初日、芝居の筋とは関係なく、いきなりベテランが新人にこう聞きます。
「ところでな、この朝顔、どこで買った?」
新人「えーと…どこでしたっけ?」
ベテラン「しょうがねぇな。次の日になったらわかるだろう」
 これは、次の日までに調べておけ、という意味だと察した新人は、一生懸命調べます。
 二日目、ベテランは二番目の鉢を指さしてまた聞きます。
「ふーん、ではこれは。まあいいや、次の日に見に来る客にはわかるだろう」
 しょうがないので、鉢にならんでいる分全部、物語を作ります。これは下谷の朝顔市で私が買ってきたもので、その隣は横丁のご隠居が去年同じ市で買ってきて、その種を育てたもの、その隣はうちへ出入りしている植木屋が本所の兄弟子からもらったもの…という具合ですな。
 三日目、ベテランはこう聞きます。
「ふーん、で、これはいくらで買ったの?」
 四日目。
「ふーん、で、この朝顔と、その隣の朝顔はどこが違うの?」
 ということで、新人は一生懸命に調べて、五日目。
ベテラン「きれいに朝顔が咲いてるじゃないか」
新人「はい、これは○○、こちらは××で買ったもので、値は○文でございます。こちらの朝顔は花が咲くのが遅いのですが、その分数が多く彩りもきれいです。こちらは値が高いだけあって、実にきれいな花が咲くんですが、下肥が足りませんといけないという、たいそう手間のかかるものでして…」
ベテラン「いやちょっと待った。お前は朝顔売りか何かか? そんなことはどうでもいいんで、芝居続けようじゃねぇか」
 要するに芝居というものは、話の筋とセリフと所作を完璧に覚えても、それだけじゃだめだ、ってことです。