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砂手紙のなりゆきブログ

KindleDPで本を出しました。Kindleが読めるデバイスで「砂手紙」を検索してください。過去テキストの一覧はこちら→http://d.hatena.ne.jp/sandletter/20120201/p1

リアクションを大切にする映画(ソロモンの偽証)

 映画『ソロモンの偽証』(2015年)は口先だけの偽善者たちの物語です。
 雪の降ったクリスマス・イブの翌朝、うさぎ小屋の当番だった主人公(ヒロイン)の藤野涼子と野田健一は転落死した柏木卓也の死体を発見します。警察はそれを自殺と判断しますが、謎の告発状が出回ることによって、いじめの当事者である不良の大出俊次とその仲間たちに、面白半分に殺されたということになり、あれこれあって学校内で模擬裁判が夏休みに行われることになり、関係者の証言と意外な関係者(真犯人みたいなもの)が出てきます。
 個人的には、いろいろ嫌な話をきれいごとでまとめている、嫌な偽善でもいいじゃない、みたいな話みたいに感じられて、どうも納得いかないんですが(未来に立ち向かう勇気とか、たわけたこと言ってるんじゃねーよ、ぐらいの感じ)、まあそれは別にいいです。
 あと、出てくる人たちがやたら泣いたり頭を下げたり気を失ったりする、岡田麿里脚本の話みたいなのも、まあいいです。
 話のモチーフというか、基礎のアイデア部分の「雪の日に死ぬ少年」が、萩尾望都トーマの心臓』(1974年)と同じなのも、まあいいです(原作者の宮部みゆきは1960年生まれなので、中学時代に読んでますですかね)。
 見てて退屈しないのは、話している人と、その話を聞いている人(リアクションを取る人)との、バランスの取れた場面・画面作りです。
 歩道橋の上での藤野涼子と柏木卓也の出会いと会話のところは、ああ、こういうカメラワークの人なんだな、と思うわけですが(監督の成島出は相米慎二の助監督をされていたそうです)、裁判シーンがなかなか、感心するしかないぐらいうまいのであきれました。
 証人のひとりである元担任の先生に、大出俊次の弁護人である少年・神原和彦が尋問するところなんて、よくこの角度とカメラの動きを考えたな、と思います。
 あまりマルチカメラっぽくなくて、十分にコントロールされた場面の中で、リアクションを含めて考えながら演技している人(役者)たちによる映画は、それだけで楽しいのです。