砂手紙のなりゆきブログ

KindleDPで本を出しました。Kindleが読めるデバイスで「砂手紙」を検索してください。過去テキストの一覧はこちら→http://d.hatena.ne.jp/sandletter/20120201/p1

こわい話を一つ書いたのん

 それは日本で新しいホラー映画好きにとっては良質の、そうでない人にはそれなりのものが作られ、映画を見る人たちに支持されていた時代、20世紀末のことだった。
 ある映画監督とスタッフは、学校の怪談を題材にした映画を撮るために、とある田舎の、廃校になった学校を借りることになった。小学校と中学校を兼用しているその建物は、戦前からたびたびの改修がおこなわれながらも、建築当時の面影を残していた。平屋の、南面を向いた校舎はほとんど木造で、柱は昔の太い木が使われ、教室の窓枠や黒板も歴史を感じさせるものがあった。
 撮影許可が得られたのはその学校の、小学校としての最後の卒業生が出たあとのことである。卒業式と同時に閉校式がおこなわれ、新しく中学生になったその子も含めて3人の生徒は、近くの別の学校へ通うことになった。
 撮影は、桜の咲き始める頃からはじまり、葉桜になるまでの間に終わる予定だった。校舎はゴールデンウィーク前には業者が入って、郷土記念館として内部が作り直されたあと、さまざまな資料と共に利用されることになっていた。
 その校舎は以前、悪い噂があった。初夏のとあるひどい雨の日、家に帰れなくなった児童・生徒、そして先生を含む数名の者はそこで一夜を過ごしたのだが、一人が夜中、お手洗いに行く途中で行方不明になったのだ。
 その日は夜通し大雨が降り続き、風も吹き荒れ、校舎の屋根の一部は飛んできた折れた樹によって壊れた。河川は氾濫し、濁った水は高台にある学校のすぐ近くまで迫り、危うく全員が土砂に飲まれるところで、行方不明の子供の捜索も翌日、夜が明けてからということになったが、最後まで死体は見つからなかった。
 奇妙なことが起こりはじめたのはそのときからで、夜中に誰もいないはずの校舎から明かりや子供たちの笑い声が聞こえたり、夏の白昼、セミが鳴く校庭の、緑が深い木陰に、薄ぼんやりと白い服を着た女の子、つまり行方不明になった子が見えたり、学校の下駄箱から靴が、誰のいたずらでもないのに消えてたり、というようなことがしばしば起こった。
 笑い声をたどって校舎に行こうとした者は、途中で懐中電灯の電池が切れたり、同じ自動販売機の回りを何度も回ったりする。幽霊のようなその子を見た者は、頭痛や体調不良などに苦しむ。
 その子の霊を哀れに思ったのか、あるいはたたりを恐れたのか、事件のあった夜に折れた枝がある樹の根元には、子供たちや先生、近くの者などによって定期的に花が供えられていたが、映画関係者が行ったときには、その場所には萎れたレンゲの花輪が3つ置かれていただけだった。
 校舎での寝泊まりは、役場によって禁じられていたので、何も知らないスタッフの何人かはその樹の下にキャンピングカーやテントを張ったりして、朝早くから夜遅くまで、ときには真夜中すぎまで撮影が続けられた。学校の怪談という映画なので、むしろ夜中のほうが撮影が多かったぐらいで、役者やスタッフは寝不足で体調を崩したが、特に樹の下で泊まった組にそれが目立った。
 監督も、その校舎に伝わる話、怪談ではなく実際に起こったという話を、その土地の人間に聞いておけばよかったのだ。
 撮影は順調に進み、何日かの予備日を残して終了した。
 しかし、完成した未編集のフィルムを見て、監督と編集スタッフの顔色が変わった。夜中のトイレの場面、外側から教室を撮った場面、主役たちが会話しているいくつかのカットに、奇妙な影が写っている。それは決してカメラには写らず、人には知られてはならない薄ぼんやりとした灰色の影で、黙ってフィルムの奥からこちらを覗いている。
 それは……………………それは……………………。
     *
 それは、カメラマンが写り込んでいたカットだった。ガラスや鏡に反射してたのに、誰も気がつかなかったのだ。
 しょうがないのでスタッフは、泣いて編集をやりながらその場面を取り直した。途中で集中豪雨に会ったり、建物の改修をしている現場監督に怒鳴られたりして、映画の最終的な完成は、試写会当日の朝だった。
 あと、音声のない場面の恐怖とか、マイクの影が写っちゃった恐怖とか、劇場版とDVD版で音の調整を間違ってしまった恐怖とかもある。
 この学校(小学校)の最後の卒業生は、青い髪(公式には銀髪)をツインテールにしていて、語尾に「のん」ってつけて話す子です。
 豪雨じゃなくて吹雪のため学校に泊まるエピソードも、オリジナルにはちゃんとあるよ。