砂手紙のなりゆきブログ

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ホパロング・キャシディという西部劇とクリストフ・ヴィリバルト・グルック

 西部劇に関する分厚い本『西部劇~サイレントから70年代まで~』(G.N.フェニン&W.K.エヴァソン、研究社出版)を読みはじめました。1962年に出版され、1973年に増補改訂されたものなので、ぼくの知っている映画はほとんどありません。
 この本がどのくらい知らないことばかりかというと、本文511ページの中で、『駅馬車』(1939年)が出てくるのが303ページから、『明日に向って撃て!』(1969年)が482ページからです。マカロニ・ウェスタン(スパゲティ・ウェスタン)に関しては日本の西部劇に影響された映画(黒澤明はともかく、渡り鳥シリーズや『独立愚連隊』まで出てきます)と同じ程度の言及しかありません。
 著者は次のように述べています。P285

『一九三九年、『駅馬車』と『大平原』の出現で〈叙事詩的西部劇〉時代が再来し、一九四〇年に入って製作費が徐々に上昇すると、それは直ちに全体としての西部劇の衰退となってはねかえった。しかしそれはあくまでも量の上の衰退であり、質の上では逆に向上であったと言える。』

 ただ、それ以前の西部劇というのは日本ではほとんど体系的・網羅的に紹介されたこともなく、蓮實重彦のように映画史的に語る日本人もいないので、戦前のチャンバラ映画全盛期の映画と同じく無視されるか、それ以後の作品が思い出として語られるしかないものになっています。
 この本の中ではホパロング・キャシディというウィリアム・ボイドを主役とした大当たりの西部劇(パラマウント社およびプロデューサーのハリー・シャーマンの功績でもあります)について一節を割いて言及します。これは1938年から1944年にかけて66本が作られた作品ですが、日本でこれ全部見た人は多分いないだろうし、アメリカでも映画館で見た人はだいたい死んでいるはず。著者は次のように述べています。P265

『「ホパロング・キャシディ」シリーズは、常に同一パターンから成り(しばしば同一のフィルムが使いまわしされた)、悠揚迫らぬ話の運びがスピード感と迫力に満ちたクライマックスへ一挙になだれこむ構成が鮮やかであった。ちょっとした小ぜりあいが、五、六巻続いた後、最後の巻に至るや、窮地に落ち入ったボイドを救出するため、もしくは、アウトローを捕えるため彼が率いるところの鬼神のごとき大驀進シーンが展開する。それらのクライマックス・シーンは、猛スピードの移動撮影ショットと、超俯瞰ショットによる疾走アクションの巧みなインサート、それにハラハラさせることこの上ない独創的な編集の上に成り立っており、劇中で唯一そこに用いられる伴奏音楽の相乗効果よろしく、興奮がいやが上にも盛り上がるよう作られていた。うきうきさせるメロディが聞こえ始めると--頻繁に使われた曲は、グルックの「ドン・ジュアン」からの"Dance of the Furies"であった--観客の子供たちは客席でとびはね、大人たちもまた、そのドラマチックな効果に聞きほれたものであった!』

 どうです、見たくなったでしょう。
 映画音楽として語られるクリストフ・ヴィリバルト・グルックの曲は1761年初演のバレエ音楽で、なんでこんなものが西部劇に使われるようになったのかは不明ですが、なかなか疾走感のある音楽で古さを感じさせません(正確には、ジャズ以前のポピュラー音楽的な古さは感じます)。