砂手紙のなりゆきブログ

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山川弥千枝という作家・歌人と同人誌『火の鳥』について(高見順『昭和文学盛衰史』から)

 半年ぶりに書いてみます。うまく行くかな。
 高見順という作家による、大正末期・昭和初期からはじまる『昭和文学盛衰史』は、え、この人誰、みたいな人が9割、名前だけは知ってるけど読んだことはないなー、というのが1割ぐらいの構成で語られている、一個人の視点から見た昭和文学に関する、抜群に面白い文学史です。
 まず最初に高見順についての説明をしないといけないのかな。タレントでエッセイストである高見恭子のお父さん、永井荷風の従兄弟、と言ってもさっぱりイメージがわかない。昭和のはじめは自然主義と、それに代わって出てきたプロレタリア文学横光利一を筆頭とするモダニズム文学とかがあって、それに大衆娯楽小説の普及、ジョイスプルーストを代表にする20世紀文学の紹介と敷衍、ダダイスムアナーキズム文学もそれなりに(部数的にはたいしたことなかったろうけど)影響力があったり、いろいろごちゃごちゃした時代でして、高見順は特にどの派を積極的に推すのでもなく、属することもなく(強いていうならプロレタリア文学寄りかな)戦前・戦後にわたって文学活動を続けてきた変な人です。『昭和文学盛衰史』は、今ならキンドル・アンリミテッドで読めるので、お暇なかたはご一読ください。
 でもって、その「第九章 いのちのかぎり」は、次のような文章ではじまっています。

『「渡辺さんは、『不如帰』のあの浪子さんの妹さんでいらっしゃる』

 えーと、まず徳富蘆花『不如帰』について説明せんといかんのかな。桂米朝が落語『くしゃみ講釈』で、のぞきからくりの題材としてして紹介してますね。こんな奴。

『三府の一の東京で/波に漂うますらおが/はかなき恋ににさまよいし/父は陸軍中将で/片岡子爵の長女にて/桜の花の開きかけ/人もうらやむ器量よし/その名も片岡浪子嬢/
海軍中尉男爵の/川島武男の妻となる/新婚旅行をいたされて/伊香保の山にワラビ狩り/遊びつかれてもろともに/我が家をさして帰らるる/
武男は軍籍あるゆえに/やがて征くべき時は来ぬ/逗子をさしてぞ急がるる/浜辺の波のおだやかで/武男がボートに移るとき/浪子は白いハンカチを/打ち振りながら/「ねえ、あなた早く帰って頂戴」と/仰げば松にかかりたる/片割れ月の影さびし/実にまあ哀れな不如帰』

 妻・浪子の結核によって離縁させられた川島武男ふたりの悲恋の話で、軍令によって戦地に行く武男と、関西旅行から東京に戻る浪子が山科駅のホームですれ違うのが名シーンということになっています。なにしろ、ぼーっと相手のことを思っていて、はっとすれ違う列車の横を見たら当人がいるんだから、こりゃお互いに驚くよ。今はその列車について、何時何分どこそこ発どこそこ行きの列車だった、という調べも、鉄道マニアによってついているはず。このネタはちょっと自分でもやってみたいね。
 ということで、このふたりにはモデルがいます。片岡浪子は陸軍大将だった大山巌の娘・信子、川島武男は高級官僚だった三島通庸の息子・彌太郎(この人は軍人ではなく銀行家になります)。「不如帰」というのは口の中が赤い鳥で、ほぼカッコウなんですけど、「泣いて血を吐くホトトギス」といわれているとおり、喀血する肺結核患者の別名になりました。多分正岡子規の影響で一般的になったんじゃないかな(この「子規」というのもホトトギスの漢字表記のひとつです)。
 高見順『昭和文学盛衰史』では、名前を伏せてある婦人の談話を引用して「渡辺さん」という名前が挙がっています。この人が大山巌の四女・留子(渡辺とめ子)さんで、女流同人誌『火の鳥』の発行人になっているわけです。とめ子さんの結婚相手は渡辺千春伯爵で、宮内大臣だった渡辺千秋の次男(家督相続をして伯爵になりました)。三男の渡邊千冬子爵のほうが司法大臣その他で知名度あるかな。
 昭和3年に創刊された『火の鳥』は、当時『女人藝術』と並ぶ女流文芸同人誌として知られていて、メンバーは村岡花子小山いと子、小金井素子、辻村もと子、古谷文子、栗原潔子、山川柳子、片山広子松村みね子)、竹島きみ子(渡辺とめ子)です。ちょっと知ってる名前が出てきましたね。だいたい佐佐木信綱の竹柏園という短歌結社つながりがあったようです。

片山広子さんは、ご主人が日本銀行の理事をなさってて、ご存知でしょうが、松村みね子というペンネームで、アイルランド文学の翻訳をなさっていた方です』

 日本銀行の理事。いきなりさらっとすごいもの出してくるのな。松村みね子のほうは、ダンセイニとかケルト幻想文学の翻訳・紹介者として、ある程度は知名度あると思う。なお芥川龍之介の晩年の小説にもモデル(恋人?)として出てくる女性らしい。余計なことまでいろいろ出てきます。
 しかし、この章で一番熱く語られている文学者は、十六歳で夭逝した山川弥千枝(山川柳子の娘)ですね。

『あんまり美しいばら故さはつて見た すべつこく柔らかく冷たかつた
美しいばらさはつて見る つやつやとつめたかつた ばらは生きてる』

 川端康成昭和8年、「禽獣」という作品の最後を、次のように結んでいます。

『ちょうど彼は、十六歳で死んだ少女の遺稿集を懐に持っていた。少年少女の文章を読むことが、この頃の彼はなにより楽しかった。十六の少女の母は、死顔を化粧してやったらしく、娘の死の日の日記の終りに書いている、その文句は、
「生れて初めて化粧したる顔、花嫁の如し。』

 この「遺稿集」というのが『山川弥千枝遺稿集(薔薇は生きてる)』のことだ、と、高見順は記しています。
 山川弥千枝(彌千枝)の作品は、中村佑介の表紙カバー(森見登美彦その他で有名な人)で2008年に復刊されていますので、比較的容易に読むことができるはず。
 なお、小金井素子というのは、作家・星新一の、血のつながっていない伯母(母方の祖父・小金井良精の長男・良一と結婚した人で、父親はなんとあの、帝大教授・桑木厳翼。
 なんか出てくる人みんなきらきらしてて(渡辺とめ子さんなんて、伯爵夫人ですからねえ)、おまけにみんな病気で若死にしてるのよなあ。
 村岡花子のほうはもっと知名度ありますね。『赤毛のアン』の翻訳者で、テレビドラマ『花子とアン』のヒロインのモデルになった人。
 せっかくなので、もっと長いテキストにしてみよう。高見順尾崎一雄ら数人と上高地に行ったとき、「あの頃、同人雑誌は一体どの位出ていたろう」という話になって、三十何種までは思い出せたんだけど、ということになって、それから後、梅原北明『文藝市場』大正十五年四月倍大号に高見順は出会います。その雑誌の「全国同人雑誌関係者一覧表」からの引用。

詩篇時代(東京)、楠楓(東京)、赤い處女地 (静岡)、獵人(東京)、沼(東京)、三田文藝陣(東京)、白路(東京)、十字街(小樽。東京にも同名のものあり)、街燈(東京)、新光(宇治山田)、曼荼羅(八王子)、眞書(京都) 、麗人 (新潟)、文藝戰士(東京)、白夜(名古屋)、詩世紀 (東京)、地平線(石川)、 すゞめ(鹿児島)、断層(東京)、海軟風(東京)、どんべん (東京)、れふおらば(愛知)、情熱時代(東京)、 蠍 (東京)、青空(東京。 先に神崎清の紹介している 『青空』とは別。)、文藝戦線(宇都宮)、エゴ(小樽)、田園と工場(大阪)、新興藝術 (東京)、 朱潮 (徳島)、毛絲人形(秋田)、啓蒙時代(東京)、泥の沼(東京)、詩時代 (東京)、新興藝術(静岡)、創作壇(広島)、潜行(東京)、聖樹兵庫) 、新世紀 (名古屋)、雲(松本)泰山木(山形)、新主觀派(東京)、地の文藝(東京)、劇藝術(東京)、橡(東京)、裸塔(東京)、ダアナ(東京)、文藝街道(東京)、直覺(東京)、芝居と文藝(東京) 曠原(姫路)、眩耀(京都)、東京新篇(東京)、虎の皮(東京)、無人(千葉) 、文藝前衛(大阪)、ラ・ミノリテ(神戸)、饗宴 (京都)、戴冠式(大阪)、風貌(東京)、野葡萄(東京)、氾濫(東京)、 低氣壓 (東京)、ヴオロ (前橋)、詩(東京)、わだつみ(東京)、詩華園(東京)、廻轉時代(東京)、探偵趣味 (東京)、棕梠(東京)、無花果(東京)、黒パン(東京)、大空(横浜)、河ぞひ (茨城)、芽生 (横浜)、姫ユリ(横浜)、文藝側面史の研究(岡山)、文創 (京都)、超思想 (岡山)、 わかき翼(東京)、痩せた煉瓦路(大阪)、連翹(大阪)、番傘(大阪)、こころ座 (名古屋)、 黒潮 (新潟)、 文藝禮讃(岡山)、南精(福岡)、閑街(神戸)、ラデヰカル (神戸)、黒船(神戸)、横顔(神戸)、群青(神戸)、映畫藝術(東京)、ひなけし(豊橋)、高潮(横浜)、習作時代(滋賀)、晩鐘(宮城)、エトランゼ(東京)、BVS(東京)、街(東京)、詩戰行(東京)、人間萬歳(東京)、日本大季詩人(東京)、新若芽(栃木)、鬱金帳(東京)、詩潮(東京)、文學と劇(東京)、ド・ド・ド(東京)、黄犬(東京)、無人街頭(金沢)、大衆(東京)、野獣群(東京)、青銅社(兵庫)、ドン(東京)、 勿忘草(大阪)、信天翁(東京)、幌馬車(栃木)、此篇(石川)、労農文化 (仙台)、 郷愁(愛知)、プロベラン(愛知)、草笛(北海道)、野人(佐賀)、首(兵庫)、煙(東京)、白衣(埼玉)、靑磁(東京)、蝙蝠(埼玉)、皐月(千葉)、始祖鳥(東京)、赤水車(山形)、母子草(大分)、あけぼの(大阪)、草珊瑚(京城)、嘴(東京)、夢幻(京都)、おほり(横浜)、曲馬(東京)、文藝樹(京都)、翡(神戸)、群像(阿山)、水郷(千葉)、甲斐文藝誌(甲府)、道化詩人(大阪)、鳴動(浜松)、純情詩人(字治山田)、青二才(大阪)、白楡(北海道)、耕作(神戸)、青空(東京)、うねり(東京)、聖暗(大阪)、埋草(大阪)、七人(名古屋)、コスモボリタン(徳島)、霧(大分)、純藝術(新潟)、越後歌壇(新潟)、未展(東京)、北線(北海道)。』

 このリストを眺めて感じるのは、なんかジャズ喫茶全盛期の全国ジャズ喫茶名リストとどこか似てるな、ということです。