砂手紙のなりゆきブログ

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ボルヘスが紹介した中国の不思議な百科事典と謎の「バルサム香で防腐処理したもの」

 ホルヘ・ルイス・ボルヘスという作家がいます。アルゼンチンでとても個性的で神秘的(だけどとても読みやすくて面白い)な短編・詩・エッセイを書いて、とりあえずぼくのブログ読んでる人で知らない人はいないと思います。
 著書『ボルヘス・エッセイ集』(木村榮一編訳、平凡社)の中には「ジョン・ウィルキンズの分析言語」というエッセイがありまして、そこにこんなテキストがあります。

「(中略)こうしたあいまいで、冗長かつ不完全な記述は、フランツ・クーン博士が『支那の慈悲深き知識の宝典』に見られると指摘している記述を思い起こさせる。はるか昔のその著述の中で動物は以下のように分類されている。
(a) 皇帝に帰属するもの、(b) バルサム香で防腐処理したもの、(c) 訓練されたもの、(d) 乳離れしていない仔豚、(e) 人魚、(f) 架空のもの、(g) はぐれ犬、(h) 上記の分類に含まれているもの、(i) 狂ったように震えているもの、(j) 数えきれないもの、(k) ラクダの毛で作ったきわめて細い筆で描かれたもの、(l) など(エトセトラ)、(m) つぼを壊したばかりのもの、(n) 遠くからだとハエのように見えるもの。」

 …そもそも『支那の慈悲深き知識の宝典』なんてもんが世の中で見当たらないんですが、似たようなものだと「類書」という扱いになってる明代の『永楽大典』かなぁ。でもこれ「はるか昔」というほど古くはないですね。
 世間的にはミシェル・フーコー『言葉と物』冒頭で紹介されているテキストのほうが有名でしょうか。渡辺一民佐々木明訳、新潮社。

「動物は次のごとく分けられる。(a) 皇帝に属するもの、(b) 香の匂いを放つもの、(c) 飼いならされたもの、(d) 乳呑み豚、(e) 人魚、(f) お話に出てくるもの、(g) 放し飼いの犬、(h) この分類自体に含まれているもの、(i)気違いのように騒ぐもの、(j)算えきれぬもの、(k) 賂蛇の毛のごく細の毛筆で描かれたもの、(l) その他、(m)いましがた壷をこわしたもの、(n)とおくから蝿のように見えるもの。」

 こちらのほうは出典が『シナのある百科事典』ですかね。
 この百科事典、中村健二訳の晶文社『異端審問』では『善知の天楼』となってるみたいです。そこではこんな感じ。

「(a) 皇帝に帰属するもの、(b) 剥製にされたもの、(c) 飼い慣らされたもの、(d) 幼豚、(e) 人魚、(f) 架空のもの、(g) 野良犬、(h) この分類に含まれるもの、(i) 狂ったように震えているもの、(j) 無数のもの、(k) 立派な駱駝の刷子をひきずっているもの、(l) その他のもの、(m) 壷を割ったばかりのもの、(n) 遠くから見ると蝿に似ているもの。」

 要するに、
支那の慈悲深き知識の宝典(善知の天楼)』→フランツ・クーン博士→ボルヘスフーコー→日本
 って来ているもので、もう原典知るの普通にあきらめる。
 気になるのは「(b) バルサム香で防腐処理したもの」なんですよね。これは「香の匂いを放つもの」「剥製にされたもの」と異なる文がある。いくらなんでも「バルサム香」はおかしい気がする。
 で、いろいろネット検索してみたんですが、英語で読んでた人いました。「円環の記憶。本、読書、言葉遊びブログ。」というサイトの2009年8月31日、岩波文庫『続審問』に関するテキスト。

「英訳版の分類の(b)の箇所を見ると。embalmed onesとなっている。『言葉と物』では「香の匂いを放つもの」岩波版(引用者注:中村健二訳)では「芳香を発するもの」となっている。」
「embalmeは死体に防腐処置を施す。という意味のようです。」

 エンバーミングなら俺でも知ってるよ。死体防腐処理のことですね。日本では馴染みないけど。
 あれこれネットさまよったあげく、スペイン版ウィキペディアにたどり着きました。無駄に長かった。最初からスペイン語で検索しろよ俺。Emporio celestial de conocimientos benévolos。

El Emporio celestial de conocimientos benévolos es una cierta enciclopedia china ficcionada por el escritor argentino Jorge Luis Borges en el ensayo El idioma analítico de John Wilkins,1 en el cual se escribe que los animales se clasifican en:

    (a) pertenecientes al emperador,
    (b) embalsamados,
    (c) amaestrados,
    (d) lechones,
    (e) sirenas,
    (f) fabulosos,
    (g) perros sueltos,
    (h) incluidos en esta clasificación,
    (i) que tiemblan como enojados,
    (j) innumerables
    (k) dibujados con un pincel finísimo de pelo de camello,
    (l) etcétera,
    (m) que acaban de romper un jarrón,
    (n) que de lejos parecen moscas.

 無慈悲なgoogle翻訳先生は(b)を「ミイラ」と訳しましたが…俺の勘ではこれは「剥製」じゃないか、って気がします。
 ということで、暇なかたは『支那の慈悲深き知識の宝典(Emporio celestial de conocimientos benévolos)』が何のことだか教えてください。