砂手紙のなりゆきブログ

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落語の上下(かみしも)と『質屋蔵』

 自分が一番好きな落語は上方落語の『質屋蔵』というのです。だいたい上方落語江戸落語と比べると無駄に長いのが特徴で、江戸落語の『まんじゅうこわい』は、上方版だと途中に兄さんが幽霊話(という夢オチ)を語ったり、『そば清』の上方落語版『蛇含草』では、夏の暑い盛りに餅を食べる話になってて、曲喰い(って言うのかな)をしたり、こんなのいるんかいな、と思います。
 で、『質屋蔵』は、だいたい3部構成ぐらいになってて、まず最初に店の主人と番頭とが、蔵に出る幽霊とか化け物の話をします。そういうこともないとは言えんな、と、主人が話すのが、貧乏暮らしの長屋の女房が無理して買った繻子の帯。病気やら家庭の事情で引き出せないことになって、おのれ憎いはあの質屋、と締めくくる。それ聞いてる番頭のほうが「その話、どないなるんやと思うてました」と言うぐらいだから、聞いてる客も首かしげながら聞いてる。でもってすこし調べてくれんか、と番頭に頼むんだけど、番頭のほうがもう怖がりなんで、てったい(手伝い)の熊さんにその補佐をしてもらうように、丁稚の定吉を使いとしてやる、というところまでが第一部。
 ところが定吉が、立ち聞きしてたことを雑に伝えたため、熊さんはわけがわからないまま「酒の一件(勝手に酒樽をひとつかっぱらった件)」「漬物の件(似たようなもの)」の言い訳を主人に延々と話す。これが第二部。ねえ、長いでしょ。
 そしていよいよ、蔵の前で、実は番頭と同じぐらい怖がりの熊さんと、化け物の正体を突き止めようとするわけね。様子が気になってふたりのところにやって来る主人。すると蔵の中で「ひがあしぃ、こやなぎ、こやなぁぁぎぃ、にぃしぃ、りゅうもん、りゅうもぉぉぉん」という呼び出しがあって、主人が覗いてみるとなんと、小柳繻子の帯と龍紋の羽織が相撲を取っている。
 はて面妖な、と驚いているうちに、掛け軸の筒箱が開いて、するするするっと掛け軸が上に広がる。その絵には菅原道真公が描いてあって、絵の中の天神さんは「こちふかばー、においおこせようめのはなー、あるじなしとてー、はるなわすれそー」と例の句を詠んで…こっから、こっから、こっからですよ、最後のオチ。
「質置き主にとく利上げ(質屋預かりの手数料の支払い)をせよと伝えよ。どうやらまた流されそうなわい」……え、こんだけ、って思いますよね。思うでしょ。思ってくれ。つまり、菅原道真大宰府に流されたのと、質流れを掛けたしゃれ。全体でだいたい35~40分ぐらいかかるのね。それでこのオチ。不思議だよね。
 で、ここまでは前フリで、実は「落語の上下(かみしも)」の話が本題です。
 つまり、第一部の最後で、主人は上手、番頭は下手で話してるんですけど、丁稚の定吉が立ち聞きしているのに気がついた番頭は「わっ、びっくりした」って言って向きを変えて、定吉に対しては上手のポジションで話をするんですね。うまい演出だなあ。
 で、使いを頼まれた定吉は、ぶつぶつ言いながら熊さんのところに行く。落語の歩く場面の演出は、基本的に正面を向いて体を左右に動かして、歩いてる風に見せる。しかし実際には多分、上手(質屋)から下手(熊さんの家)に歩いてるはずなんですね。だからそのまま「こんちわ」と熊さんのところに入ってしまうと、定吉が上手になっちゃう。
 それではいけないから、どうするかというと、「いかん、行き過ぎるとこやった」あるいは「行き過ぎてしもうた」とか言って、定吉に上手を向かせて(下手のポジションにして)、「こんちわ」と熊さんに話かけるんですね。これ考えた人、うまいなあ。