砂手紙のなりゆきブログ

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アンソロジーを読む楽しみ(伊岡瞬)

 複数の作家の短編をまとめたアンソロジーは、自分が知らなかった作家に出会う機会があります。何なにこれ、この作家、どうしてこんなにうまいの、ってのがたまにあって、まあどれもそこそこ悪くはないかな、というのがアンソロジーなんで、けっこう個人作家の短編集よりも得した気分になる。
 でもって、『Logic 真相への回廊』(日本推理作家協会・編、講談社文庫、2013年)で、えっ、と思った作家・作品が伊岡瞬の「ミスファイア」。。あれこれ言うのは面倒なんで、サンプルを挙げます。物語は、小学校の音楽を担当する音楽担当非常勤教師・森島巧という人物が主人公。バイクを乗り回して、ピアノで『天空の城ラピュタ』の曲をさらっと弾いて子供たちをとりあえず感心・感動させておいて、とある事件に巻き込まれる。で、関係者に会いに行くところ。

 

『洸一(注:教え子のひとり)の描いた地図は、古い技法で描かれた世界地図のように歪んでいたが、意外なことにわかりやすかった。古くからありそうな家並みに交じって安西(注:正規教員でトラブルに巻き込まれている者の一人。女性)宅はあった。広めのカースペースに、学校でもよく見かける安西の青い軽自動車が停まっている。安定した場所にスタンドを立て、ヘルメットをシートに載せた。髪をミラーに映して手櫛でさっと直す。メッセンジャーバッグの中から途中で買ってきたメロンを取り出した。鉄門脇のインターフォンを押し、応対に出た女性に用件を伝えた。』(P248)

 

 読んでみるとおわかりのとおり、実に正しくリズムが刻まれる文章です。
 そして「森島は」という主語、「そして」とか「が(だが)」という不要な接続詞は一切、ということはないけどほぼ使われていない。
 自分みたいな素人は、「安定した場所にスタンドを立てた森島は、ヘルメットをシートに載せた。そして髪をミラーに映して手櫛でさっと直す。」みたいに書いちゃうところ。
 どうも広告代理店で文章鍛えた作家は、石田衣良とか藤原伊織のように、ワンランク上の文章のうまさを感じるのだった。自分の小説の好みとはいささか異なる場合もありますけどね。