砂手紙のなりゆきブログ

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単なる背景だと思っていたものが物語の中にからむ美しさと日付の問題(雨月物語)

 映画の中で意味がなく写っていたものにいきなり意味が与えられるシークエンスで多分一番有名なのは、映画『シベールの日曜日』(1962年)の「風見鶏」だと思います。
 これはあまりにもケレンが過ぎているので、多分みんな、この映画を見た人はこの場面だけは覚えているはず。
 ところで、日本の映画監督で奥行き(前後)を一番うまく使っている監督は溝口健二監督じゃないかと思います。
 映画『雨月物語』(1953年)は、音楽が早坂文雄で撮影が宮川一夫なんで、なんか黒澤明みたいな映像と音で、ワイプもないし、話の進行が嫌な予感しかしてこないのが困ったところで、多くの映画好きは日本映画のベスト10に入れたりなんかしてるんだけど、どうも見ていて疲れる映画でありました。
 もう少しぬるく、あんまり勉強してるって気にならない娯楽作品のほうがいいんだけど、どうも溝口健二の映画って勉強しちゃうんですね。

(ここからちょっと映画のあらすじを書きますので、ネタバレ注意です)
 時は戦国時代、賤ヶ岳の合戦の前後(ちょっとこれに関しては後述します)。
 琵琶湖畔に住む農民の源十郎は、妻の宮木と子供の源市、それから隣に弟で侍にあこがれている藤兵衛と、その妻の阿濱がいる家族です。
 片手間で作った焼き物を長浜の市に持って行ったら小判3枚になったので、源十郎は宮木にきれいな服を買ってやります。
 もうここらへんから嫌な予感満載です。
 本腰を入れて大量に作ろうとして窯に火を入れたところに柴田勝家の雑兵がやってきて、村の米やらいろいろ強奪していくので、村人はみんな山に逃げます。
 翌日、窯の様子を見に行った源十郎は、火が消えているのでものすごくがっかりしますが、取り出して見るとうまく焼けているので大喜び。今度はみんなで舟で長浜よりもっと賑やかな大溝に売りに行こうということになります(ウィキペディアでは「長浜」ということになっていますが、「丹羽方部将」というのが冒頭の役者テロップのところに流れますので、丹羽長秀の城下=大溝ですね)。
 ところが海賊にやられた舟とその中に乗っていた部将によって、どうも船旅も危ないのでは、ということで、宮木と源市のふたりはいったん降ろして、残りの3人だけで大溝に行くことにします(阿濱は船頭の娘で、舟を漕ぐには欠かせない人なんですね)。
 で、市場に行った3人のうち、源十郎はとても不思議な目に会い、藤兵衛はとある豪傑、侍大将の首を取ったフリをして(本当は侍大将は割腹しました)、うまく馬と鎧と家来を手に入れます。
 一方、阿濱はいなくなった夫を探しているうちに侍に捕まり、レイプされて娼婦になります。
 でもって、故郷に錦を飾ろうとした藤兵衛が、途中で立ち寄る色街にいたのが、ななななんと阿濱。
「立派に女の出世じゃないか」と言う阿濱とのやりとりが、裏庭で展開します、とここからが今回の記事になります。
 裏庭でのやりとりは、以下のような感じです。

1・阿濱が向かって左にいてグチをこぼし(嘆き)、藤兵衛はその話を聞きます。向かって右側になんか庭によくあるガラクタみたいなものが写ってる
2・阿濱がぐっと藤兵衛の手を引き、それにともなってカメラが右から左に移動し、ふたりのちょうど間に、木の枝が写る。そろそろここらへんで「手前にあるこれ、何なの?」とか思う
3・泣き崩れる阿濱とそれに寄り添う藤兵衛。木の枝が幹のほうまで写って、ものすごく阿濱を見るときの場面上の邪魔になる
4・向かって左のほうへ走り、井戸へ飛び込もうとする阿濱。それをかろうじて止めて、詫びを入れる藤兵衛。ここでもなんか別の木の幹みたいなのが藤兵衛の前に写ってて邪魔
5・立ち上がって手前のほうに来て、阿濱「元のあたしに洗い上げることができるかい?」藤兵衛「できるとも」というやりとり。ここで阿濱が立ち上がり、なんか邪魔なだけだった木の幹みたいなのに寄りかかって、見ている側は、ええっ、この背景、じゃなくて前景には意味あったの? ってびっくりする
6・おまけにここから先は、向かって右が阿濱、左が藤兵衛、という形になる

 なおかつ、全然カット割りなしのシークエンス。
 これは…実に勉強になるんですが、本当に疲れる。
 その後、いろいろあった源十郎は村に帰りますが、宮木は途中で落ち武者に殺されたことを知ります。
 この、幽霊の宮木と源十郎が出会うシークエンスも、こんな撮り方するのは頭がおかしい(いい意味で)としか思えない不思議なものです。
 とりあえず溝口健二は、見てないのたくさんあるので、あまりまとめて見ると疲れるため、映画鑑賞としては数本他の人の映画を見たら、1本ぐらいは見てみようかなと思いました。
 で、日付の問題というのは、宮木の墓標に「天正十一年十月三日」と命日が書いてあるんだけど、賤ヶ岳の合戦は天正十一年春のことなんで、いくらなんでもその年の秋まで落ち武者はいないだろうという疑問です。
 農閑期に焼き物を作るのも、冬のほうが普通だと思うんだけど、どうなんでしょうね。

 本日は2068文字です。