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砂手紙のなりゆきブログ

KindleDPで本を出しました。Kindleが読めるデバイスで「砂手紙」を検索してください。過去テキストの一覧はこちら→http://d.hatena.ne.jp/sandletter/20120201/p1

落語「芝浜」と「火焔太鼓」の物語の奥づけ

 落語「芝浜」は、飲んだくれの魚屋が早起きをして浜で金の入った財布を拾う話です。
 しかし考えてみると、その財布ってどこから出てきたんでしょうかね。海に落とした人がいるわけで、そこらへんの物語については謎とその合理的な解釈があります。
 つまり、船で旅をしていた商人が、海難にあって船が沈没して溺れ死に、財布だけが芝浜にあがった。
 そうすると、嵐から数日後の芝浜、という風景が、物語を語る側の人間に添付される(落語家の描写として必要になる)ことになります。
 また、落語「火焔太鼓」は、古い太鼓を殿様に売って300両を手に入れる道具屋の話です。
 この太鼓は、「世にふたつとない名器」ではなくて「世にふたつという名器」なんですね。
 つまり、これはどういうことかというと、ふたつセットになっている太鼓、という意味です。
 さてそうなると、もうひとつの火焔太鼓はどうなっちゃったのか気になりますよね。
 それで物語を作れ、と言われて作るのが、物語部員(仮)の腕の見せどころであります。
 そのうち考えよう。

ふりがな(ルビ)のつけかたにはふたつの方法がある(ゴブリンスレイヤー)

 ライトノベル系の文庫は、普通の文庫よりふりがな(ルビ)が余計についています。どういう漢字にふりがなをつけるのかは、どうもよくわからないけど、各社・各ブランドで決まってるんだろうな。
 それはともかく、ふりがな(ルビ)をつける場合、ふたつの方法があります。「右上」につけるか、「真ん中」につけるか、です。
 たとえば、「河豚」って漢字に「ふぐ」ってルビをつける場合、
1・右上法 「ふ(+半字アキ)/ぐ(+半字アキ)」
2・真ん中法 「(4分の1字アキ+)ふ(+4分の1字アキ)/(4分の1字アキ+)ぐ(+4分の1字アキ)」
 たとえば、「決別」に「わかれ」のルビの場合は、
1・右上法 「わか/れ(+半字アキ)」
2・真ん中法 「わ(+8分の1字アキ)/(8分の1字アキ+)か(+8分の1字アキ)/(8分の1字アキ)れ」
 となります。
 つまり、真ん中法だと、「わ」と「か」、「か」と「れ」の間は4分の1字分アキになります。
 まあ多分ここらへんは、比較的機械的にできるから問題ない。
 地名となると面倒ですな。
 たとえば、「神楽坂」だと「かぐら」と「ざか」でルビをつけないといけない。
 右上法だと「かぐ/らざ/か(+半字アキ)」でもだいたい大丈夫。
 ルビが3字になるとどうやるかというと、漢字の上下に4分の1字分の空白を作ります。
 たとえば、「龍」に「りゆう」ってルビをつける場合は、漢字のところを「(4分の1字アキ+)龍(+4分の1字アキ)」にします。
 それが「ドラゴン」というルビなら、漢字の上下のアキは半字分の空白になります。
 割と簡単そうでしょ。でもこれ、漢字の意味を考えて職人が手でコツコツやらないといけないのもありそうなんだよね。
 たとえば「不可触領域」。
 ずぼらにやっていいなら「ふか/しよ/くり/よう/いき」で全然問題はないんですよ。角川のスニーカー文庫だと、それに近いルビにしているのもあります。
 でもってびっくりしたのは、GA文庫(SBクリエイティブ)の『ゴブリンスレイヤー』(蝸牛くも、2016年)。
 第一章冒頭5行、ルビの部分をカッコで示します。

『その男は反吐(へど)が出るような戦いを終え、息の根を止めたゴブリンどもの屍(しかばね)を蹂躙(じゅうりん)する。
 薄汚れた鉄兜(てつかぶと)と革鎧(かわよろい)、鎖帷子(くさりかたびら)を纏(まと)った全身は、怪物の血潮(ちしお)で赤黒く染(そ)まっていた。
 使い込まれて傷だらけの小盾を括(くく)りつけた左手には、赤々と燃える松明(たいまつ)。
 空(から)の右手が、踏み付け抑えた死骸(しがい)の頭蓋(ずがい)から、突き立った剣を無造作に引き抜く。
 脳漿(のうしょう)をべったりと纏わせた、あまりにも中途半端(ちゅうとはんぱ)な長さの、安っぽい作りの長剣。』

 この本は、真ん中法でルビがついています。で、「屍」の場合は上下に半字分の空白、「蹂躙」の場合は「蹂」の字の上下に4分の1字分の空白がつきます。
 で、注意したいのは、「鉄兜」の場合は当然「兜」の字の上下に空白をつけるんですが、「革鎧」も同じようにやると、そのあとが「、(読点)」なんで実にかっこ悪くなる。だから「鎧」の上の部分に半字分の空白を作って、「鎧」と「、」の間には空白を作らない。
 つまり、「蹂躙」「鉄兜」「革鎧」のルビの技法が全部違う。唖然。
 こんなの、別に「蹂躙」なんかは「じゆ/うり」ってルビにして、はみ出した「ん」を「する」の「す」の部分に半分つけておいても読む側には問題ないんですよね。
 でもって、「中途半端」は、「中途」と「半端」に分けてルビしてる。
 すごい。
 なお、こんなことを知ってたり気にしたりしていても、ライトノベルを読む速度が遅くなるだけですが、自分のこの記事を読んだあなたは多分、気にしはじめるんだろうなあ。
 ざまあみろ、みたいな。
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壁抜け撮影法に意味はあるのかどうか(ロック・ミー・ハムレット!)

 三谷幸喜和田誠の、映画に関するていねいな対談本『これもまた別の話』(1999年、キネマ旬報社)の中で、ふたりは映画『カサブランカ』(1942年)のあるショットについて言及しています。p363-364

三谷「リックが事務所に入って来るところ、ワンカットで撮ってますよね。あれは、カメラが壁をすり抜けてるのか、そういう作りの家なのかがよく分からなかったんですけど」
和田「人物がドアを抜けて部屋に入る。こちらから撮ってるから当然人物は壁の向こうに見えなくなるはずなんだけど、カメラが移動するとそのまま部屋に入っちゃう。セットじゃなきゃできない。昔よくあったやり方です」
三谷「今はあまり見ないですね、こういうの」
和田「僕は「麻雀放浪記」で一回やりましたよ」
三谷「どういう効果があるんですか」
和田「……特にないんだけど(笑)」

 確かに気がつかなかったけれど、昔はそういう映画あった気がするなあ。
 最近だと、『ロック・ミー・ハムレット!』(2008年)で使われてました。
 演劇の練習する場を奪われたダメ先生とその生徒が、体育館を利用するときに、カメラが先生の動きにあわせて外から入口の壁を通って、建物の中に入るの。
 でもそのあと、先生は体育館は使用禁止だ、ってことで鍵をかけられちゃって入れなくなるんだよね。
 だったら、カメラが通ったところを使って入れよ、と思うんだけど、これはコメディ映画ではあってもマルクス兄弟的ナンセンス・メタ映画ではないので、そんなことはしない。

「と」「りと」が多すぎる文章(神隠しの森)

 集英社オレンジ文庫『神隠しの森』(梨沙、2016年)は、ジャンル的に普通の小説とライトノベルの中間ぐらいに位置するライト文芸的な物語で、田舎を舞台にしたホラー、と言えばいいんですかね。
 内容的には特にどうということはないんですが、文章がものすごく個人的にひっかかって困った。具体的には「と」「りと」が多すぎてすごく読みにくい。
 小説の冒頭、第一章「聞こえない声」の2ページ分から拾ってみます。

『ひっそり【と】横たわる荒魂村
どっしり【と】した古い日本家屋
青々【と】葉を揺らす田畑
雑草をせっせ【と】刈っていた
黒縁眼鏡をきらり【と】光らせる
甘い果汁がぽたぽた【と】
ぷっ【と】種を吐き出す』

 …どんなもんですかね。
 人にはある程度書きグセというものがあって、たとえば自分なら「という」「ちょっと(少し)」という語がちょっと(少し)多めだと思うんですが、そういうのって言われないとなかなかわからない(気づかない)ものなんですよね。
 多少の書きグセなら、読んでて引っかかることはない自分でも、これはもう、自分の感性が全力で、これ苦手、と叫んでしまうのでどうにもこうにも。
 なお、編集者はそういうのに口をはさむなんてことはめったにありません。
 そりゃもう、ねぇ、古今亭志ん朝がいくら「ねぇ」って話グセを入れても、席亭が(多分)何も言わないのと似たようなもの。
 口をはさめるのは「師匠」ぐらいなんだけど、だいたいは小説家に師匠はいない。新人賞でデビューした人だと、最初の編集者とか、新人賞審査委員の先輩作家とかはいるかな。
 ああ、読者は適当なことを適当な場所で言えるんだっけか。

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金・銀・銅の英語と日本語の対応

 翻訳的にはこうなっています。

金(きん)=gold(ゴールド)
銀(ぎん)=silver(シルバー)
銅(どう)=copper(カッパー)

 英語に対応する(音を合わせる)と、こうなります。

黄金(こがね)=gold(ゴールド)
白銀(しろがね)=silver(シルバー)
赤金(あかがね)=copper(カッパー)

 これだと「こ」と「ゴ」、「し」と「シ」、「か」と「カ」が合います。
 ただ、このように翻訳すると、あまりにも詩的になりすぎてどうにもうまくない。普通に金・銀・銅で問題ないです。
 デ・ラ・メアの詩「Silver」だったら多分そう訳すんだろうな。

Slowly, silently, now the moon
Walks the night in her silver shoon;

そっと、静かに、月がいま
しろがねの靴で歩く夜半(よわ)

 うまくいかないけど、一応音韻を合わせてみる。
 この冒頭は「s」の音が効果的に使われているんだけど、最初の「スローリィ」からうまく訳せないのよね。

レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』の冒頭はどう訳す?

 英語テキストはこんな感じです。

The first time I laid eyes on Terry Lennox he was drunk in a Rolls-Royce Silver Wraith outside the terrace of The Dancers.

 はい、もういきなり、「ロールス・ロイス・シルヴァーレイス」がわからないですね。今はウィキペディアその他でどんな車なのか画像で確認できます。映画の『ロング・グッドバイ』(1973年)では、時代背景が1970年代っぽいので少しレトロな車として見ることができますが、『ゴッドファーザー』(1972年)ではマフィアの車として、自由の女神像を背景に男が殺される場面で、非レトロ的に扱われています。

 清水俊二はこう訳しています。

『私がはじめてテリー・レノックスに会ったとき、彼は〈ダンサーズ〉のテラスの前のロールス・ロイス”シルヴァー・レイス”のなかで酔いつぶれていた。』

 村上春樹はこう訳しています。

『テリー・レノックスとの最初の出会いは、〈ダンサーズ〉のテラスの外だった。ロールズロイス・シルバー・レイスの車中で、彼は酔いつぶれていた。』

 自分だったらこんな感じ。

『はじめておれがテリー・レノックスを見かけたとき、あいつは飲みだおれてダンサーズのテラスの外、ロールス・ロイス・シルヴァーレイスの中にいた。』

 つまり、「はじめて」の「て」と、「The first time」の「t」が合うようにする。「he」は「イ」があるので、「あいつ」と訳したい。「he was drunk」だから、「あいつ」の「イ」、「飲みだおれて」の「ダ」を入れたい。
 面倒くさいでしょ。
 とにかく、冒頭は「はじめて」にしたいんだよなあ。

「I wish you are fear.」はどう訳す

 これはスティーヴン・キングの小説『シャイニング』(1977年)に出てくるフレーズで、日本語訳はどうなってたかな(あとで調べて追記します)。
 オリジナルはピンク・フロイドの『炎~あなたがここにいてほしい』(原題:Wish You Were Here)(1975年)ですかね。もっと古いのかと思ったら、今となっては同じぐらいに古かった。
 要するに英語の「h」と「f」を打ち間違えるとそうなる。
 でも普通、そのふたつって打ち間違えませんよね。「h」と間違えるのは「j」です。
 これはうまく日本語に直せない。意味が通じればいいんだから、「あなたが怖がってくれるといいんだけど」でも全然問題はない。
 まあ「ヒア」と「フィア」だから、「ア」の音があればいいのかな。「怖い」にはあるんだけど、「ここに」にはない。

あなたがいたらいいんだけど

 と訳すと、「ア」の音が「いたら」のところで入る(疑似的ですが)。
 そこから考えるとこうなります。

あなたがいたたいいんだけど

 で、実は日本語のローマ字入力では「r」と「t」は打ち間違える可能性がある場所にあります。
 つまり「itara」が「itata」になっても無理はない。