砂手紙のなりゆきブログ

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シェイクスピア『ハムレット』の真犯人は誰か

 ジェイムズ・サーバーの名作短編に「マクベス殺人事件」というのがあります。
 この話はシェイクスピアの「マクベス」をミステリー的に読んでみたある女性が、王(ダンカン)を殺したのはマクベスでもその夫人でもなくって、実は○○だ、という仮説を立てます。
第一容疑者が第二の被害者になる」その他ミステリー好きが読んだら首肯せざるを得ない名推理を展開しますが、それに対して語り手である「私」は別の真犯人を提示します。実によくできた短編です。
 そして、この話の最後ではこのようなことが語られます(以下、「ghostbuster's book web.」というサイトでの翻訳を引用します。2006.07.25)

「私は自信がありますよ。さて、これから私が何をするつもりかおわかりですか?」
「いいえ。何をなさるの?」
「『ハムレット』の本を買うんです。そうして、秘密を解くんですよ、ハムレットの」
 彼女の目がきらめいた。「それじゃ、ハムレットがやったんじゃないって考えてるのね?」
「私は完璧な自信があります、彼はやってない」
「じゃ、だれ? だれがあやしいと思う?」
 私は含みのある目つきで相手を見やった。「あらゆる人物が」

 もったいぶっていますが、『ハムレット』の事件の真犯人はフォーティンブラスです。
 シェイクスピアを研究している10人のうち9人が「フォーティンブラス」「フォーティンブラスだよな」「フォーティンブラス以外に考えられない」と言い、1人が「誰が犯人かなんて考えたことなかったよ」って言います。(この件に関しましては追記しました)
 と言っても、普通の人は「フォーティンブラス」って誰? ですよね。『ハムレット』の話の最後に出て来て、ホレーショから話を聞いて、最後にかっこいいこと言うノルウェーの王子です。
 話の中ではほとんどその場面にしか登場しませんが、好戦的・野心的な王子で、ポーランドでの戦が終わったあとはハムレットの国・デンマークを武力侵攻しようとしている、長い影を持った裏の主役です。
 この話をするためには、先代のハムレット王(『ハムレット』の主役の父親)の話からはじめないといけません。
 30年前、先代ハムレットと先代フォーティンブラスは、デンマークの領土と王位継承権を巡って一騎打ちをしました。
 勝利したのは先代ハムレットで、唯一のデンマーク王位継承資格を持つガートルードを妻として迎えますが、息子ハムレットは庶子として正式な跡継ぎとは認められずに、ヴィッテンベルク大学の神学生になり、将来は教会関係者として生涯を終える予定でした。
 なんか俺の知ってるハムレットとは違う、って思ってる人もいるでしょうが、まぁ黙ってて。
 そんな息子ハムレットですが、父王の急死により帰国、ガートルードと結婚する叔父クローディアスも第一幕第二場でハムレット王子を「次の王位継承者」と断言します。
 つまり、ハムレットがクローディアスを殺す理由は「父の亡霊が、俺を殺したのはクローディアスだと言った」「変な芝居を見せたら挙動がおかしかった」ってだけなんですよね。
 現代の警察だとハムレット心神喪失状態での殺人として無期懲役(生き残っていれば)、先王ハムレットの死因については再調査、ぐらいが妥当なところじゃないでしょうか。つまり、クローディアスにも王子ハムレットにも犯行の動機がない。
 それに比べて、フォーティンブラスは「この事件で一番得をした者が犯人」という視点では、明白すぎるぐらい犯人です。
 なにしろ、戦わないでデンマーク王の座を手に入れちゃうんですから(叔父はノルウェー王ですがデンマーク王になる資格はないようです)。そして実行犯はホレーショ。
 そもそも、亡霊の話をするのはホレーショで、先王ハムレットの顔を王子ハムレットは実はあまり知らないんです。
「あっあそこに父君の亡霊が! 亡き先王にそっくり!」って、どう考えてもでっちあげですよね。亡霊を演じたのはオフィーリアの父ポローニアス。
 で、ガートルードがホレーショの手助けをしてて、実は彼女の息子は本当はホレーショです。DNA鑑定すればわかる。
 それは嘘ですが、オフィーリアが川に溺れて死んだ、って証言するのは、少なくとも芝居の中ではガートルードだけです。そんなもん、彼女が川に突き落としたに決まってる。
 そして、これは非常に重要なことですが、この物語はホレーショによって語られる話なんです。最後のところを、原文含みで引用します。

And, in this upshot, purposes mistook
Fall'n on the inventors' heads: all this can I
Truly deliver.
(そして最後にはすべて、外れた陰謀が
自分たちにふりかかる。そのすべてを
私がありのままに話そう)

 あからさまに怪しいですよね。おまけに、フォーティンブラスにデンマーク王を、というハムレットの最期の言葉は、ホレーショしか聞いてないはず。本当は「フォーティンブラスに屈せず最後まで戦え」と言ったかもしれない。
 そうなると、この舞台の最後を締めくくるフォーティンブラスの台詞が意味深です。

Go, bid the soldiers shoot.

 ここは普通に「行け、兵士たちに礼砲を打たせよ」と訳しているのが多いですが、「弔砲」と訳しているのもあります。
 しかしこれ、本当に礼砲、つまり死んだ王・王子に対する弔いの砲ですかね?
 世間的にもそう解釈するのが普通ですが、フォーティンブラス王子の心の中では「自分自身への祝砲」のようにも思えます。
 そしてこの事件のあと、多分ホレーショはフォーティンブラスの側近として非常にいい地位につくだろうけど、真実を知る唯一の者として暗殺されるはずです。


(追記)
 本当の専門家(saebou@Cristoforouさん)におうかがいしたら「第三幕第三場でクローディアスが罪の告白してるんで、それはない」とご指摘をいただきました。「うち、『ハムレット』ではクローディアスが罪を神に告白しようとして失敗する場面が一番好きだな」だそうです。