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砂手紙のなりゆきブログ

KindleDPで本を出しました。Kindleが読めるデバイスで「砂手紙」を検索してください。過去テキストの一覧はこちら→http://d.hatena.ne.jp/sandletter/20120201/p1

探すのがうまくない人は、探すのがうまい人が見つけられるか

 映画のプロデューサーの仕事は、金になりそうな話(小説・脚本その他)を見つけて、金の手配をつけて、映画監督に映画を作らせて、その映画を売ること(宣伝・広報活動も含まれる)です。一言で言うと映画の最終責任者です。
 会社が雇ったプロデューサーの場合、会社の社長の責任は「そういう人間をプロデューサーにした責任」で、普通は映画の責任までは持たないことになっています。
 日本映画の場合はもう少し社長がうるさいので、黒澤明の映画『羅生門』(1950年)に関しては、監督と大映の社長・永田雅一の名前は知ってても、製作者ということになっている箕浦甚吾の名前なんて誰も知らない。
 漫画雑誌だと、発行人がプロデューサーで編集長が監督という見方もできるし、編集長がプロデューサーでその下で働く編集者が監督という見方もできるし、編集者がプロデューサーで漫画家が監督という見方もできます。
 いずれにしても、創造するのは監督か漫画家です。
 とあるミステリー小説の中のセリフとして、こういうのがあります。
「隠れるのがうまくない人(被害者)は、隠すのがうまい人(犯人)によって隠されている」
 ということで、プロデューサーは金になりそうな話を見つけられなくても、その下で働く金になりそうな話を見つけられる人がいればいいんですが、その人をどうやって見つけるかというと、「金になりそうな話を見つけられる人を見つけられる人を…」というメタな話になります。