砂手紙のなりゆきブログ

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新聞記事と写真(S.H.ホーガン)

 新聞に挿絵ではなく写真から直接版が起こされて掲載されたのは1880年3月4日に発行されたNew York Daily Graphicの Scene in Shanty town, New Yorkというもので、丘とそこに並ぶ家を撮った風景写真でした。記録ではS.H.ホーガンという者によって考案されたとされる網目による写真製版は、技術の改良を重ねながらもデジタルの時代まで生き抜き、新聞の報道写真は初期の技術の発展形として残っています。ただ報道や事件の現場写真としてそれが使われるためには、携帯可能でさほど技術を必要としないカメラその他の条件が整わないと難しいため、朝日新聞の場合は明治37(1904)年9月30日、日露戦争の兵隊を「フォールディング・コダックカメラ」で撮ったものが最初のようであります。
 小説において「イラスト」が「写真」に置き換わることは21世紀になっても滅多にないと思いますが(少なくともぼくが読んでいるようなライトノベルではありません)、やっぱ写真ってセッティング面倒くさいし、その割には読者の想像力をふくらませる方向じゃなくて固定する方向にしか働かないので、当分はイラストの時代が続きますですかね。
 バスター・キートンの映画『ハイ・サイン』では、脱獄囚の指名手配者と勘違いされるキートンの写真が壁に貼られますが、こういう技術っていつごろからあったんだろうなぁ。なんか広告史関係の本読むとわかるかもしれない。

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 西部劇の手配写真に、写真からの印刷物が使われたのはけっこう昔からの気がしますが、新聞に掲載されるようになったのは20世紀はじめごろぐらいですかねぇ。西部劇の時代ではもう末期のほうですか。
 映画『シマロン』(1931年)は19世紀後半の西部が舞台で、主人公が町の新聞社というかまぁかわら版程度の新聞を出してたりしてて、その頃の印刷技術がわかります。新聞社に属するカメラマンなんていなかったんじゃないかなと思う。

今回の資料リンク(どちらも検索すればたどり着けると思います):
富山国際大学地域学部紀要 創刊号「新聞のさし絵、写真初登場と、当時の社会的背景との関連性について」金子靖
「報道写真-1 はじめて新聞写真を撮ったカメラ」吉江雅祥