ダグラス・サークの少しいい話(カンヌ国際映画祭)
ダグラス・サークという監督がいます。
ハリウッドでメロドラマ映画中心に作った人で、『風と共に散る』という、あんまりなタイトルの映画とか、まぁいろいろ邦題がひどいのでちょっと見る機会がなかったんですが、山田宏一『映画 果てしなきベストテン』では(短いながらも)一章を割いて紹介しています(回想のダグラス・サーク)。
で、この人の評価(再評価)というのがフランスのヌーヴェル・ヴァーグの本丸である「カイエ・デュ・シネマ」におけるゴダールの評ではじまるんですが、ゴダールとかフェリーニって本当に変な映画見てる人ですね。
ということであれこれあって、それが(多分)ピークだった1980年に、なんと、ダグラス・サークはカンヌ映画祭の審査委員長ということになって、委員会は招待の電文をハリウッドに打ったんですが、もうその時には彼はスイスにいて、電報は結局「カーク・ダグラス」のところに届きました。
間違えるにも程があるだろう。
で、カーク・ダグラスは快諾して、結局1980年の審査委員長は彼になった、と山田宏一は書いているけど、本当ですかね。
審査委員長だったのはウィキペディアの「第33回カンヌ国際映画祭」などで確認できます。
ちなみに1980年のパルム・ドール(大賞作品)は、『オール・ザット・ジャズ』(ボブ・フォッシー)と『影武者』(黒澤明)でした。もし審査委員長がダグラス・サークだったら、『アメリカの伯父さん』(アラン・レネ)だったとしてもおかしくない。