砂手紙のなりゆきブログ

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隅っこにちょっと何かを置いてピントを合わせない大映スコープの眠狂四郎・三隅研次監督の演出(眠狂四郎炎情剣)

 1960年代の映画は、テレビに対抗するために世界中の会社が「○○スコープ」という横長の画面を採用しました。大映の場合は「大映スコープ」です。

 三隅研次監督の映画『眠狂四郎炎情剣』(1965年)は市川雷蔵を主人公にした眠狂四郎のシリーズ5作目で、2作目の『眠狂四郎勝負』(1964)も同じ監督ですが、この作品に関してはもう、「わざとやってんじゃないの?」みたいな感じでワイド画面をワイドに使おうとはしておらず、半分ぐらい屏風にしたり、ものを置いてピントを合わせないで奥の人物に合わせたり、しゃべってる人が奥の場合は奥の人に、手前の人に変わると手前の人にピントを合わせる、という、露骨な遠近描写が新鮮です。
 いわゆるパン・フォーカス(世界標準的にはディープ・フォーカス)という、遠景と近景が同じようにくっきり見えるというカメラ技法は『市民ケーン』の撮影監督であったジョン・トーランドが使ったことで有名ですが(別に彼の発明ということもないようです)、日本だと黒澤明監督の得意技ということになっているようです。
 ただ、人間の眼というのはそんなに遠くも近くも一緒に見れるということはないはずなんで、映画的技法としてそればかりをやられると「映画的作り込み」のほうが気になります。最近の映画はそんなにディープ・フォーカスすぎることもなく、適当に(うまい具合に)背景処理してますよね。
 三隅研次監督(と、その撮影監督だった森田富士郎)がどういう意図でこういう技法を使ったのか(横長画面で撮らせる会社への何らかの意思表示なのか)は今となっては皆目不明ですが、個人的にはディープ・フォーカスの映画よりこういう映画のほうが実は楽しいんです。手前に何の意味もなくこたつを置いて、奥のほうで眠狂四郎と商人が話してるところとか。

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